病院がランサムウェアの標的となる理由
近年、病院や医療機関がランサムウェア攻撃の標的となる事例が急増しています。
これは単なる偶然や一過性の現象ではなく、明確な理由と背景が存在しています。
まず、医療機関が保有しているデータの重要性と即時性が、攻撃者にとって非常に魅力的であることが挙げられます。
病院では、電子カルテや検査結果、手術記録など、極めて機密性の高い個人情報が日常的に扱われており、これらの情報が暗号化されて使用不能になるだけで、医療現場における診療や処置に多大な支障をきたします。
つまり、病院は「身代金を支払わざるを得ない」状況に追い込まれやすい環境であるということです。
さらに、病院では24時間365日体制で業務が行われており、システム停止が直接的に人命に関わる可能性すらあります。
攻撃者はこのような性質を熟知しており、「即時復旧しなければならない」というプレッシャーを最大限に利用します。
加えて、医療機関ではITインフラやサイバーセキュリティ人材に投資する余裕が限られていることも多く、古いOSの使用や未更新のソフトウェアが温存されていることも珍しくありません。
このような環境は攻撃者にとって格好の標的であり、セキュリティ上の盲点となります。
また、病院内では多くの端末や医療機器がネットワークに接続されているにもかかわらず、それら全てを一元管理しきれていない現場もあります。
こうした医療IoT機器のセキュリティ設定の甘さも、攻撃経路として利用されるリスクを高めています。
加えて、職員のITリテラシーにもばらつきがあり、不審なメールの添付ファイルを開封する、無意識にマルウェアに感染する行為が発生しやすいという課題も存在します。
これは病院特有の「人的脆弱性」にも直結します。
国際的な調査でも、医療分野が最もサイバー攻撃の被害を受けやすい業界のひとつとして位置づけられています。
サイバー犯罪者の中には、特定の病院を狙うのではなく、脆弱な医療機関をランダムにスキャンして攻撃を仕掛けるボットネットなども存在し、セキュリティが甘い病院が偶発的に標的になることもあります。
このように、病院がランサムウェアの標的となる背景には、技術的、組織的、人為的な複数の脆弱性が重なっているのです。
以上のように、病院がランサムウェア攻撃を受けやすい理由は、データの価値の高さ、即時性の要求、人命への影響、セキュリティ体制の脆弱性などが複合的に絡み合っており、決して偶然の産物ではありません。
今後、医療機関がその重要性とリスクを的確に認識し、継続的な対策を講じることが不可欠です。
国内外の医療機関における被害事例

ランサムウェア攻撃によって深刻な被害を受けた医療機関の事例は、国内外を問わず数多く報告されています。
これらの事例から見えてくるのは、病院がいかに情報セキュリティの観点で脆弱な状況に置かれているか、そして一度の攻撃がもたらす影響がどれほど甚大であるかという現実です。
ここでは代表的な事例をいくつか取り上げつつ、それぞれの事例から得られる教訓について考察します。
まず、国内で特に注目を集めたのが、2021年に徳島県の「つるぎ町立半田病院」で発生したランサムウェア攻撃です。
この病院は、業務システムが完全に停止したことで診療機能が麻痺し、紙ベースでの診療対応を余儀なくされました。
電子カルテの閲覧や予約管理、検査情報へのアクセスが不可能となったことで、患者対応が大きく遅延し、地域の医療提供体制にも深刻な影響を与えました。
システムの完全復旧には1か月以上を要し、その間に予定手術や入院対応にも制限がかかりました。
この事例は、日本の地方病院でもサイバー攻撃の対象となること、そして一度攻撃を受ければ診療継続が困難になることを国内に知らしめる大きな契機となりました。
一方、海外に目を向けると、アメリカやヨーロッパを中心に、より規模の大きな病院や医療ネットワークが被害を受ける事例が相次いでいます。
2020年には、ドイツのデュッセルドルフ大学病院がランサムウェア攻撃を受け、病院システムが完全に停止したことで救急搬送ができず、別の病院への搬送中に患者が死亡するという痛ましい事件が発生しました。
この出来事は、ランサムウェア攻撃が医療機関における“生命リスク”と直結することを象徴するものであり、全世界の医療界に衝撃を与えました。
また、米国ではユナイテッドヘルスケアの子会社である「Change Healthcare」が2024年にランサムウェア攻撃を受け、数百万件に及ぶ医療データが流出し、保険処理業務が長期間にわたり停止しました。
この攻撃により米国全土の医療請求処理に遅延が発生し、病院やクリニックが一時的に経済的な打撃を受ける事態に発展しました。
特に、診療報酬の支払いが滞ることによって、中小規模のクリニックでは経営そのものが危機に陥る状況となり、インフラとしての医療システムがいかにサイバーセキュリティに依存しているかを改めて浮き彫りにしました。
こうした被害事例に共通するのは、攻撃者が「医療機関の緊急性」と「情報資産の価値」を熟知しており、身代金要求に対して高い成功率を見込んでいるという点です。
また、多くの事例でバックアップ体制の不備や、脆弱なネットワーク構成が被害拡大の一因となっており、単に攻撃を受けただけでなく「準備不足」が被害の深刻化を招いていることがうかがえます。
日本でも今後、攻撃対象が大規模な総合病院だけでなく、クリニックや個人医院、さらには医療系の委託業者やサプライチェーン全体にまで拡大することが懸念されています。
これは、医療情報が単体での価値に加え、データの関連性やネットワークの広がりによって二次的価値が生まれるためであり、一部が攻撃されるだけでも全体のセキュリティに影響を及ぼしかねません。
被害事例から私たちが学ぶべきことは、サイバー攻撃はもはや「もし起きたら」ではなく「いつ起きてもおかしくない」という前提で備えるべき災害であるということです。
これらの事例は、医療機関にとってのセキュリティ投資が決して贅沢品ではなく、患者の生命と病院の持続可能性を守るための「必須インフラ」であるという認識を促すものとなっています。
今後は、技術的対策に加えて、被害を最小化するための組織体制や意思決定プロセスの整備が急務となってくるでしょう。
ランサムウェアの主な侵入経路と感染手口

ランサムウェア攻撃が医療機関に及ぶまでのプロセスは、単純なパターンには留まりません。
攻撃者は高度に組織化され、標的のシステム構成や人的リソースを分析したうえで、最も脆弱な経路を狙って侵入します。
感染経路と手口を理解することは、医療機関が事前に防御策を講じるうえで不可欠であり、被害の未然防止につながる鍵となります。
ここでは代表的な侵入経路と感染のメカニズムを詳述します。
まず最も一般的かつ頻度の高い侵入手口が「フィッシングメール」です。
攻撃者は実在の企業や行政機関を装って医療機関の職員にメールを送り、添付ファイルの開封やURLのクリックを促します。
添付ファイルにはマクロ付きのOffice文書や、偽装されたPDF・ZIPファイルが含まれており、開封すると自動的に悪意あるスクリプトが実行され、ランサムウェアがダウンロードされます。
この手法の脅威は、攻撃の入口が「人」である点にあります。
いかに高度なセキュリティシステムを導入していても、職員が不審なメールに対応してしまえば、内部への侵入を許してしまうのです。
次に注目すべき侵入経路が「リモートデスクトッププロトコル(RDP)」の悪用です。
医療機関においても、在宅勤務や遠隔管理の必要性からRDPの利用は増加していますが、RDPの接続口がインターネット上に公開されていたり、簡単なパスワードが設定されていたりすると、攻撃者はブルートフォース攻撃や辞書攻撃によってアカウントを突破し、内部ネットワークに侵入することが可能となります。
一度侵入されると、攻撃者は他の端末への横展開(ラテラルムーブメント)を行い、ドメイン管理者権限を奪取して全社的にランサムウェアを展開するという流れに持ち込むことが多く見られます。
さらには、脆弱性のあるソフトウェアやデバイスの利用も感染経路となります。
たとえば、電子カルテや画像診断システムと連携するための外部ソフトウェアやIoT医療機器が最新のセキュリティパッチを適用していない状態で使用されていると、公開済みの脆弱性(CVE)を利用して攻撃される可能性があります。
特に医療機関では業務上、古い機器やOSを使い続けざるを得ない場面もあり、これが攻撃者にとって“狙いやすい”ターゲットとなるのです。
また、最近では「サプライチェーン攻撃」の手口も確認されています。
これは医療機関が直接攻撃されるのではなく、業務委託先やITベンダーなどの取引先が侵害され、その経路を通じてランサムウェアが侵入してくるものです。
特に小規模なシステム管理会社が攻撃を受け、その管理下にある複数の病院に一斉に感染を広げた事例もあり、医療機関としては自院だけでなく、取引先のセキュリティ水準にも注意を払う必要があります。
感染後の手口にも巧妙な工夫が施されています。
近年のランサムウェアは「二重脅迫(ダブルエクストーション)」を行うことが一般的であり、ただファイルを暗号化するだけでなく、事前に機密情報を盗み出したうえで「復号したければ金を払え、さもなくば情報を公開する」といった脅迫を行います。
これにより、バックアップを保持していても復旧だけでは解決できず、情報漏洩による reputational risk を回避するために支払いを選ばざるを得ない状況に追い込まれることがあります。
さらに、医療機関の性質上、患者の個人情報、病歴、検査結果、支払い情報など、非常にセンシティブかつ価値の高いデータを保持していることから、攻撃者は情報そのものをダークウェブ上で販売したり、他の犯罪組織に転売したりすることもあります。
これにより医療情報の流出が二次被害・三次被害へと波及し、患者との信頼関係の崩壊、訴訟リスク、行政指導といった事後的な損失が長期にわたり続く可能性があります。
このように、ランサムウェアの感染経路と手口は単一ではなく、技術的脆弱性と人的ミス、組織の連携体制の甘さを同時に突いてくる多層的な構造となっています。
特に医療機関の場合は、日常業務における「可用性」が求められるため、パッチ適用やアクセス制限といった通常のセキュリティ対策に対しても制限があるケースが多く、そこが攻撃者のつけ入る隙となってしまっています。
対策を講じるには、これらの侵入手口を体系的に理解し、技術的防御だけでなく、人的教育や委託先との契約レベルでのセキュリティ要件の明確化が求められます。
何よりも、「自院のどこに侵入されうるポイントがあるのか」を定期的に可視化し、未知のリスクに対応できる体制づくりを進めることが不可欠です。
医療機関が講じるべきセキュリティ対策
医療機関におけるランサムウェア対策は、単なるウイルス対策ソフトの導入にとどまりません。
病院という性質上、診療の継続性が最優先される環境では、ダウンタイムのリスクが許容されず、万が一のサイバー攻撃に対しても即応しなければなりません。
そのため、組織全体で包括的かつ継続的なセキュリティ対策を講じる必要があります。
ここでは、医療機関が具体的に実施すべき重要な施策について論じます。
第一に重視すべきは、組織のセキュリティポリシーを明文化し、全職員に対して継続的に教育・訓練を実施することです。
ランサムウェア攻撃の多くは、フィッシングメールの開封や不審な添付ファイルのクリックといった「人的ミス」から始まります。
従って、どれほど優れた技術的防御を敷いたとしても、現場職員のセキュリティ意識が低ければ無意味になります。
メールの差出人を確認する、URLを不用意に開かない、ファイルはまずウイルススキャンを通すなど、基本的な行動原則を徹底することが、第一線での防御となります。
また、模擬フィッシング演習を定期的に実施し、実際の対応力を高める訓練も有効です。
次に、システム面での対策として不可欠なのが、全端末とサーバーのセキュリティ更新(パッチマネジメント)の徹底です。
医療機関においては、電子カルテ、放射線画像管理システム(PACS)、検査機器など、多岐にわたるIT機器が導入されていますが、中には製造元のサポートが終了した機器や、OSアップデートが困難な医療機器も含まれています。
これらが放置されていると、既知の脆弱性が攻撃者にとって格好の侵入口となります。
したがって、定期的な資産棚卸を実施し、ネットワークに接続されているすべての機器に対してリスク評価を行う体制が必要です。
古い機器については、インターネットから遮断する、物理的な隔離を行う、もしくは仮想環境で安全に稼働させるなどの工夫も求められます。
また、ネットワークセグメンテーションも重要な防御手段です。
院内ネットワークを論理的に分割し、感染が発生した際に他セグメントへ波及しないようにすることで、攻撃の影響を最小限に抑えることができます。
たとえば、一般事務端末と医療システム、患者用Wi-Fiを分離したり、外部業者向けのアクセスに限定的なVPNを構成するなど、用途に応じた分離設計が必要です。
特にRDPのような遠隔アクセス手段には、多要素認証(MFA)を必ず組み合わせ、パスワード単体の突破を防ぐ措置が必須です。
さらに、バックアップの体制整備も極めて重要です。
ランサムウェアに感染しても、適切なバックアップがあれば迅速な復旧が可能です。
ただし、バックアップそのものが感染・暗号化されていては意味がありません。
そこで、オフラインバックアップ(ネットワークと切り離した状態で保持する)や、クラウドストレージを用いたスナップショット型の保存が効果的です。
加えて、リストア手順の訓練を事前に行っておくことで、いざという時に慌てず対応できます。
月に1回程度は、復元演習を実施し、実際にバックアップから医療データを復旧する流れをシミュレーションすべきでしょう。
さらに見落とされがちなのが、取引先や委託業者のセキュリティ管理です。
多くの病院では、外部のITベンダーや医療情報システム会社に業務の一部を委託していますが、これら委託先がセキュリティの穴となって攻撃が侵入する「サプライチェーン攻撃」が近年増加しています。
委託契約を結ぶ際には、情報セキュリティに関する要求事項を明記し、定期的な監査やアクセスログの提出などを義務づける必要があります。
さらに、委託先が病院ネットワークにアクセスする際の認証方法やアクセス制限も事前に設定し、常に管理可能な体制を構築すべきです。
このように医療機関にとってのセキュリティ対策は、単に「セキュリティ製品を導入する」ことにとどまらず、「人」「技術」「組織運用」という三つの観点から総合的に捉えることが重要です。
また、セキュリティ対策は一度整備して終わりではなく、サイバー脅威の進化に合わせて継続的な改善が求められます。
院内のセキュリティ担当者を中心に、経営層、診療部門、事務部門が一体となり、情報共有と方針統一を図ることが、組織としての防御力を高める最短ルートといえるでしょう。
ランサムウェア感染時の初動対応と復旧プロセス

医療機関がランサムウェアに感染した際の対応は、患者の生命にも関わる非常にセンシティブなプロセスです。
感染の兆候に気付いた瞬間から、事態の拡大を防ぎ、重要なシステムの機能を可能な限り維持しながら、迅速かつ的確な行動を取る必要があります。
ここでは、感染発覚から復旧までの一連のプロセスを具体的に紐解いていきます。
感染の兆候としては、端末の動作遅延、ファイルの不可解な暗号化、デスクトップ上への脅迫文の表示、ファイル名の変更などが挙げられます。
これらを確認した職員がいた場合、最も重要なのは「即座にシステム管理者に報告する」ことであり、個人判断での再起動や削除、復旧操作は禁物です。
現場の初動としては、感染が広がらないよう、当該端末のネットワークケーブルを物理的に抜くか、Wi-Fiを遮断し、ネットワークから切り離すことが推奨されます。
ここでの対応遅れが、他端末への連鎖感染につながるため、現場レベルでの対応ルールの明確化と訓練が重要になります。
管理者側では、直ちにインシデント対応フローに従って、CSIRT(インシデント対応チーム)または外部のセキュリティ専門家に連絡を取るとともに、影響範囲の特定と隔離を開始します。
感染がどのシステムに及んでいるのか、ネットワークトラフィックやログの分析を通じて把握し、感染の拡大を防止するための措置を講じます。
医療機関のネットワークは複雑かつ広範囲であるため、セグメントごとの遮断や外部接続の一時停止など、大胆な対応が求められることもあります。
同時に、バックアップの有無と状態の確認を行います。
バックアップが最新でかつ改ざんされていなければ、そこからの復旧が可能です。
ただし、ランサムウェアは近年、バックアップ領域まで狙って暗号化を行う事例が増加しており、事前にオフラインやクラウド上に隔離されたバックアップを確保していることが、復旧の成否を分ける要素になります。
復旧可能であると判断された場合は、感染端末を初期化した上で、バックアップからのデータリストアを行うのが基本方針となります。
復旧時には、他に感染の痕跡がないかを徹底的に確認し、再感染を防止するための措置を講じる必要があります。
一方で、復旧可能なバックアップが存在しない、または暗号化対象が広範囲に及んでいて通常の復元では対応できない場合には、非常に難しい判断を迫られることになります。
多くの医療機関では、「身代金を支払うべきか否か」が議論になりますが、基本的に政府機関やセキュリティ企業は「支払わない」ことを推奨しています。
理由は二つあり、一つは支払いが犯罪組織の資金源となり、さらなる攻撃を助長する恐れがあること、もう一つは「支払っても復号鍵が提供されるとは限らない」リスクがあることです。
現実には、一部の医療機関が業務継続のために支払いを選択した例も存在しますが、これは最終手段であり、法務・経営・セキュリティ部門を巻き込んだ慎重な議論と法的助言のもとで判断されるべきです。
復旧フェーズに入った後は、通常業務の再開とともに、被害の全容を明らかにするためのフォレンジック調査が行われます。
どの経路から侵入され、どのアカウントが乗っ取られ、どのデータが漏洩したのかを明らかにし、今後同じ手口での被害を防止するための改善計画を立案します。
また、患者情報などの個人情報が流出した疑いがある場合には、関係者への通知義務が生じ、加えて厚生労働省や個人情報保護委員会への報告も必要となる場合があります。
これらの対応が遅れると、病院としての信用を大きく損なうことになるため、法令に即した迅速な報告体制の整備も重要です。
さらに、全ての復旧作業が終わった後も、事後の検証と評価が不可欠です。
初動対応におけるボトルネックは何だったのか、判断の遅れや情報共有の欠如はなかったか、そして訓練との乖離がどこにあったかを洗い出し、次回に備えたマニュアルの改訂や組織体制の見直しを行うことが、将来のインシデント対応力を強化する鍵となります。
CSIRTの常設、職員向けの訓練強化、外部との連携体制の再構築など、平時からの備えがより現実的なものへと進化することで、医療機関全体のサイバーレジリエンスは確実に向上していくのです。
厚生労働省のガイドラインと支援策
医療機関がサイバー攻撃、とりわけランサムウェアの脅威に直面するなかで、厚生労働省はその対策を体系的に支援するため、複数のガイドラインや通知、助成制度を整備してきました。
これらの施策は、情報セキュリティの強化を目指す医療機関にとって、制度的な支えであり、現場の対応力を底上げするための土台となっています。
特にランサムウェアによる業務停止や個人情報流出のリスクが高まる昨今においては、国が示す方針に従い、実効性のある対応策を講じることが不可欠です。
厚労省が策定した「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン(第5版)」は、病院や診療所が情報セキュリティを確保するうえでの基盤となる文書です。
このガイドラインでは、システムの設計段階からセキュリティを考慮する「セキュリティ・バイ・デザイン」の原則を推奨し、ネットワーク構成の適正化、アクセス権限の制御、端末のセキュリティ確保、ログ管理の徹底など、医療機関が実施すべき技術的・組織的な対策が詳細に記載されています。
中でも、医療機関に多く見られる課題として、旧式のOSや未更新のアプリケーションの使用があり、それらがランサムウェアの侵入口になりやすいことから、定期的なアップデートや脆弱性管理の重要性が繰り返し強調されています。
加えて、厚労省は近年のランサムウェア感染拡大を受けて、緊急通知という形で「医療機関におけるサイバーセキュリティ対策の徹底について」を各地方自治体経由で発信し、注意喚起を行っています。
ここでは、実際に国内の病院が被害を受け、診療業務が長期間にわたって停止した事例が紹介されており、感染リスクを「対岸の火事」ではなく「喫緊の課題」として捉えるべきことが呼びかけられています。
通知のなかでは、医療情報のバックアップ確保、セキュリティベンダーとの連携、インシデント発生時の対応フローの整備といった現実的な措置が提示され、現場がすぐに着手できる具体策が明文化されています。
さらに、厚労省は単なる指針の提示にとどまらず、医療情報の安全対策を支援するための財政的措置も講じています。
たとえば「医療機関等におけるサイバーセキュリティ対策支援事業」では、システム監査の実施やセキュリティ機器の導入費用に対する補助が用意されており、地方の中小規模病院や診療所でも、先進的な対策を導入しやすい環境が整えられつつあります。
これにより、資金的な余裕がない施設でも一定の水準以上の対策を講じることが可能となり、医療界全体のセキュリティ水準の底上げが期待されています。
また、厚労省は医療関係者に対する人材育成の観点でも取り組みを進めています。
医療情報技師や情報管理責任者に対し、定期的な研修や情報セキュリティに関する勉強会の開催を促進し、現場での運用能力を高める施策を打ち出しています。
セキュリティは技術だけでなく「人」によって守られるものであり、現場職員のリテラシーが最終的な防波堤となるため、教育の強化は極めて重要です。
この点において、ガイドラインに沿った教育プログラムの整備は、各施設が取り組むべき最優先事項の一つといえるでしょう。
さらに、インシデント発生時の報告体制についても、厚労省は明確なルールを設けています。
医療機関がサイバー攻撃を受けた場合、所轄の保健所を通じて速やかに厚労省や情報セキュリティ機関へ報告を行う必要があり、その際には感染日時、影響範囲、被害状況、復旧の見通しなどを詳細に記載した報告書の提出が求められます。
この情報は、国全体としての被害状況の把握と、再発防止に向けた政策立案の基礎データとして活用され、また必要に応じて他の医療機関への注意喚起にもつながるため、非常に意義のあるものです。
以上のように、厚生労働省が示すガイドラインと支援策は、単なる理想論ではなく、実践的な対応と制度的な支援を両立したものであるといえます。
医療機関側としては、これらを単に「読む」「知る」だけで終わらせるのではなく、日常業務のなかに落とし込み、継続的に見直しを行う姿勢が求められます。
セキュリティ対策は一度整えたら終わりではなく、常に変化する脅威に対応するための「動的」な取り組みであり、ガイドラインを起点としたPDCAサイクルの継続が不可欠です。
まとめ

ランサムウェアの脅威は、いまや医療機関にとって極めて現実的かつ深刻な問題となっています。
感染すれば、診療業務の全面停止や救急患者の受け入れ停止、さらには個人情報の流出など、医療サービスの根幹を揺るがす深刻な事態に発展します。
特に命に関わる現場である病院が標的とされた場合、単なる経済的損失では済まず、患者の健康や命に直接影響を及ぼす可能性があることから、他業種に比べて格段に高いレベルでの危機意識と対策が求められるのは当然のことです。
国内外を問わず、医療機関がランサムウェアに感染した事例は年々増加しており、感染による被害の多くはシステムの停止にとどまらず、電子カルテの閲覧不能、過去の診療記録の消失、スタッフの連絡手段の遮断など、医療行為そのものを不可能にしてしまうほどの影響を及ぼしています。
中には、病院内での業務継続が不可能となり、他の病院へ患者を搬送せざるを得なくなった例や、身代金の支払いを通じて逆にさらに深刻な二次被害を招いた例も存在します。
こうした実態を見れば、「ランサムウェアは現場に甚大な混乱と損害をもたらすサイバー兵器である」と断言しても過言ではないでしょう。
そのような脅威に対して医療機関ができることは、単に「感染しないようにする」だけではありません。
仮に感染した場合に被害を最小限にとどめ、迅速に復旧するための備えを日常的に行うことも重要です。
感染経路はメール添付ファイルからUSBデバイス、RDPの脆弱性まで多岐にわたり、それらは一見すると些細な“ヒューマンエラー”や“運用の盲点”から発生します。
従って、技術的な防御策のみならず、現場の一人ひとりが「自分が標的になり得る」ことを自覚し、正しい対応を継続して実践できる体制を築く必要があります。
また、いったん感染が確認された場合には、即座に初動対応を取り、被害の拡大を抑止するための判断と行動が求められます。
その際、IT部門だけでなく経営陣、医療スタッフ、広報などの各部門が連携し、マニュアルに基づいた対応を迅速に行うことが、組織全体の被害最小化に直結します。
バックアップの有無、ログの取得状況、外部との通信の遮断可否、そして法的・行政的な報告義務に対する対応など、感染後の対応力によって医療機関としての信用や継続性が大きく左右されるのです。
このようなランサムウェアの脅威と、その対応力の必要性を踏まえれば、厚生労働省が策定したガイドラインの意義は極めて大きいと言えます。
同ガイドラインは医療情報システムの設計・運用・保守の各段階で必要とされるセキュリティ措置を網羅しており、単なる理論にとどまらない実践的な指針となっています。
加えて、教育や研修、補助金制度といった支援策も整備されており、医療機関のセキュリティ対策は「自己責任」の範囲を超えて、社会的インフラとしての整備課題と位置づけられているのです。
重要なのは、こうした国の支援や方針を単なる“お題目”として終わらせず、現場の実情に落とし込み、自組織のリスクに即したかたちで取り組みを進めていくことです。
そのためには、病院ごとに情報セキュリティに責任を持つ明確な担当者・体制を設け、PDCAサイクルを回す仕組みを持続的に構築しなければなりません。
攻撃の手口や脆弱性は常に変化しており、今日有効だった対策が明日には無力化される可能性もあります。
したがって、定期的な点検・見直し・訓練を通じて、セキュリティの「日常化」を図ることが、最大の防御策となります。
最後に、ランサムウェア対策は医療現場の“追加的な負担”と捉えるのではなく、患者の命を預かるという本来の業務を守るための“基盤整備”と位置づけるべきです。
情報セキュリティは医療品質の一部であり、信頼される医療機関であるためには欠かせない視点です。
現場の誰もがその重要性を理解し、組織としてセキュリティ文化を育むことこそが、サイバー攻撃に対する最も強力な盾となるのです。
明日は我が身かもしれないという認識のもと、平時から備えを重ね、いざというときに揺るがぬ対応ができる組織であり続けることが、医療機関に今、最も求められている姿勢だと言えるでしょう。
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サイバー攻撃の手口は年々巧妙化し、従来の対策だけでは防ぎきれないケースも増えています。とはいえ、専門知識を持つ人材や24時間体制のSOC運用を自社で確保するのは、大きな負担にもなりかねません。
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