ランサムウェア拡散の主な手口:メールを介した感染経路
ランサムウェアの拡散手法は年々巧妙化しており、特にメールを媒介とした攻撃は、企業や組織の情報資産を狙う上で最も効果的かつ広範な手段として活用されています。なぜメールが選ばれるのか──それは「開封される確率が高く、個人の判断が関与しやすい」という性質を持つからです。攻撃者はこの特性を利用し、組織の最も脆弱な部分、すなわち“人”を狙って侵入を試みます。
まず、メールを利用したランサムウェア感染の典型的な流れを確認してみましょう。一般的には、標的型フィッシングメールが従業員宛てに送られ、添付ファイルまたはリンクを開いた瞬間にマルウェアが実行されます。添付ファイルの形式はWord、Excel、PDF、ZIPなど様々であり、近年では「パスワード付きZIP+別送メールによるパスワード送付」という形式も多く見られます。これは従来のウイルススキャンを回避する意図で行われており、標準的なウイルス対策ソフトだけでは検出が困難です。
また、悪意のあるリンクに誘導するパターンも無視できません。一見するとGoogleドライブやDropboxなど、業務でも頻繁に使用されるクラウドストレージの共有URLに見えるリンクが、実際にはフィッシングサイトやマルウェア設置サイトへと転送される仕組みになっています。このような攻撃手法は「ウォータリングホール型攻撃」にも似た特性を持ち、ユーザーの注意力が少しでも緩んだ瞬間を狙って情報を搾取するのです。
一部の攻撃はさらに高度で、過去のメールスレッドを流用した「スレッドハイジャック型」のフィッシングが報告されています。たとえば、過去にやりとりした取引先のメールを模倣し、「この前の続きですが…」といった自然な文章で添付ファイルを送りつけるケースです。この種の攻撃は受信者の信頼を逆手に取り、セキュリティ教育を受けた社員でさえも簡単に騙されてしまう可能性があります。
実際、IPA(情報処理推進機構)や警察庁も警鐘を鳴らしており、企業が日常的に受け取るメールの中に、いかに多くの“攻撃の種”が紛れているかが統計的に示されています。特にEmotetやLockBitといったランサムウェアの拡散にはメールが多用されており、2024年以降もその傾向は続くと予想されています。
私自身、セキュリティコンサルとして企業現場に入る際、まず確認するのは「従業員がどのようにメールを扱っているか」です。送信元の確認、添付ファイルを安易に開かない習慣、リンク先をホバーで確認する癖──こうした小さな行動の積み重ねが、組織全体を守る大きな盾になるのです。
さらに、技術的対策としては、スパムフィルターやウイルススキャンはもちろんのこと、サンドボックス機能による添付ファイルの動作解析、添付ファイルを自動でテキスト化する機能、URLのリアルタイム評価などを組み合わせる「多層防御」が求められます。EDR(エンドポイントでの検知と対応)やXDR(複数データソースからの相関分析)も有効な選択肢です。
まとめると、ランサムウェアの感染経路としてメールは今なお主要なルートであり、攻撃者はそこに全力を注いでいます。「添付ファイルは怪しいもの」「リンクは信用できない」といった意識を徹底することはもちろんですが、それ以上に、組織全体で攻撃を前提としたメール運用体制を築くことが重要です。どれほど堅牢なシステムを持っていても、“人の油断”ひとつで崩壊する──それがメール経由のサイバー攻撃の怖さなのです。
巧妙化するフィッシングメールの特徴と見分け方

現在のフィッシングメールは、かつてのような明らかな誤字脱字や不自然な日本語、胡散臭い文面とは一線を画しています。むしろ、ぱっと見ただけでは本物と見分けがつかないほど精巧に作り込まれているのが特徴です。実際に私が企業のセキュリティ教育を行う際、実例として提示するフィッシングメールの多くが、初見で怪しさに気づけないほど自然な構成となっており、特に忙しいビジネスパーソンにとっては「とりあえず開いて確認してしまう」心理に陥りやすいものです。
フィッシングメールは大きく分けて2種類に分類されます。1つ目は不特定多数に送信される「ばらまき型」、もう1つが特定の組織や個人を狙う「標的型(スピアフィッシング)」です。ばらまき型は一般的な警告メールやセキュリティ通知を装い、AmazonやApple、金融機関を名乗る偽装メールが多く見られます。一方、標的型では業務メールを装った内容が多く、送信者や文面が実在の取引先に酷似しているため、非常に厄介です。
特に標的型攻撃では、件名や冒頭文に相手の氏名や肩書きが含まれていることが多く、「〇〇部長、先日のお見積りの件でご連絡いたします」といった文面が使われます。ここで人間心理の「既視感」や「信頼」が働くため、フィルタをすり抜けた上で本人の手に届くと、つい添付ファイルやリンクを開いてしまうリスクが高まります。
リンク先が正規サイトに似せたフィッシングページである場合、ユーザーは気づかぬうちにログイン情報や認証コードを入力し、それらが攻撃者に渡ってしまいます。中でもMicrosoft 365やGoogle Workspaceといったクラウドサービスの偽ページは非常に精巧であり、URLをよく見ない限り見破れません。メール本文中のリンクも、短縮URLや画像に埋め込まれていることが多いため、注意が必要です。
フィッシングメールの見分け方として有効なのは、いくつかのチェックポイントを日常的に意識する習慣です。たとえば:
・差出人の表示名と実際のメールアドレスが一致しているか
・ファイル形式が通常と異なる(例:.docm、.exe、.jsなど)
・パスワード付きZIPファイルが送られてきていないか
・本文中に「至急」や「重要」などの強調ワードが乱用されていないか
・リンクのURLをホバーして確認した際に、不審なドメインでないか
こうしたチェックを社員一人ひとりが実践できるようにするには、継続的なセキュリティ教育が不可欠です。私が推奨しているのは、年に1回の研修ではなく、月1回の簡易クイズ形式の訓練や、実際に不審メールを報告した社員を評価する制度など、ゲーム感覚で日常的な注意を促す取り組みです。加えて、疑わしいメールは自分で判断せず、IT部門やCSIRTに転送して確認するというフローを定着させることも非常に重要です。
特に2023年以降は、AI技術の発展により、自然な日本語で書かれたフィッシングメールの数が増加しています。これは、ChatGPTのような言語モデルを悪用した攻撃者が、従来よりも精度の高い文章生成を行っていることを意味します。つまり、「日本語が自然だから安全」といった基準は、すでに通用しなくなっているのです。
総じて言えるのは、技術的な防御と同じくらい、人間の判断力を鍛えるセキュリティ文化の育成が重要であるということです。従業員の一人ひとりが、「このメール、大丈夫だろうか?」という直感を持てるようになることが、組織全体の防御力を引き上げる最大のポイントです。
実際の被害事例から学ぶ:企業が直面したランサムウェア攻撃

ランサムウェアの脅威を本質的に理解するには、理論よりも実例が何よりの教材となります。セキュリティセミナーでは必ず、現実に起きた被害事例をもとに受講者に考えてもらう時間を設けています。なぜなら、抽象的な知識よりも「自社と同じ業種」「似た規模」「同じような経路で感染した」実例の方が、はるかに深く胸に刻まれるからです。
まず紹介したいのは、ある地方自治体で発生したランサムウェア被害です。内部ネットワークに接続された職員用端末の一つが、見積書と題された添付ファイルを開いたことで感染し、バックエンドのサーバー群まで暗号化されるに至りました。被害は財務、住民情報、インフラ運用部門にまで拡大し、復旧までに要した期間は実に3週間。通常業務のほぼ全てが手作業へ逆戻りし、住民サービスの遅延と混乱を招きました。しかも、感染経路は単なるばらまき型のメールで、誰にでも起こりうるものでした。
次に挙げるのは、東京に本社を置く中堅のIT企業のケースです。この企業では、社内メールでやり取りされた「請求書に関する確認メール」に偽装したメールが侵入。添付されていたWordファイルを開いたところ、マクロが有効化されてしまい、その端末を経由して社内全体へ感染が拡大しました。この攻撃では、ネットワーク内の共有フォルダやバックアップドライブまでが暗号化され、システム停止が1週間以上続きました。被害総額は損失評価と復旧コストを含めておよそ3億円。さらに怖いのは、攻撃者がVPNの設定情報を抜き取り、再侵入を図ろうとしていた痕跡が見つかった点です。これは一過性の被害ではなく、「継続的な監視と再感染リスクへの備え」が求められる典型です。
また、医療機関における被害事例は、被害の深刻さという点で特筆すべきです。ある大学病院では、外部の医療機器管理会社から届いた偽装メールが起点となり、電子カルテシステムが暗号化されました。結果、外来診療は一部停止、手術スケジュールは全面見直し、患者情報の一部がネット上でリークされるなど、多方面に影響が及びました。この事例の特徴は、「攻撃者が病院の社会的重要性を見越して身代金を高く設定していた」点にあります。つまり、被害者の事情を事前に調査し、最も痛みを感じるタイミングと手段で攻撃を仕掛けるという、高度な戦略が背後にあったのです。
これらの事例に共通しているのは、どれもが「ごく日常的なメールから始まった」という点です。つまり、業務に必要な連絡、取引先からの返信、職員同士の情報共有といった、ごく普通のやり取りが、致命的な攻撃の入り口となり得るのです。そして多くの被害者が、感染直後は「まさか自分たちが」と信じられなかったと証言しています。
ここから得られる教訓は3つあります。第一に、メールという日常業務に潜むリスクを常に念頭に置くこと。第二に、攻撃は単発ではなく、複数のフェーズに分かれて仕掛けられていること。そして第三に、「被害を完全に防ぐ」のではなく、「被害を最小化する」ことこそが現実的な目標であるということです。
企業としてすべきことは、被害事例を単なる他人事として眺めるのではなく、自社に置き換えて検証することです。どのタイミングで気づけたか、どのような対応ができただろうか、同じ状況が発生したら何が問題となるか──こうした観点から事例を分析し、対策を構築することが、実効性のあるセキュリティ運用につながります。
感染を防ぐための具体的な対策と予防策

ランサムウェアによる被害を根本から防ぐことは難しいと言われますが、それは「ゼロリスクは存在しない」という意味であって、「何をしても無駄」というわけではありません。実際、感染を完全に防ぐことは困難であっても、リスクを大幅に軽減することは可能であり、また、感染後の被害拡大を防ぐ施策も多く存在します。ここでは、セキュリティ講師として推奨している多層的な対策とその実践方法について詳しく解説します。
まず最初に取り組むべきは、「入口対策」の強化です。これは主にメールの受信段階でランサムウェアの侵入を防ぐもので、スパムフィルタやアンチウイルスソフト、サンドボックス型の添付ファイル解析などが該当します。近年では、AIを活用したメールセキュリティ製品も登場しており、メール本文の文脈や送信元の履歴を自動で分析し、怪しいメールを隔離する機能が強化されています。
さらに重要なのが「利用者教育」です。メールのフィルターをすり抜けてしまう攻撃もあるため、最終的な判断をするのは従業員自身です。ここでポイントとなるのは、「不審メールを開くな」という抽象的な注意ではなく、具体的に“どのような点をチェックすべきか”を徹底的に訓練することです。たとえば:
・「送信元アドレスに違和感はないか」
・「ファイル形式が.exeや.js、.lnkなど、実行形式でないか」
・「本文の日本語が不自然ではないか」
・「“至急対応”や“クリックしてください”などの強調表現が使われていないか」
これらの視点を、座学だけでなく演習やフィッシングメールの模擬訓練を通じて体得させることで、自然と危険に対するアンテナが育ちます。また、報告体制の明確化と“報告を推奨する社内文化”の醸成も欠かせません。つまり、「報告したら怒られる」「無視した方が楽」といった空気を取り除き、早期発見を促進する環境を整えることが重要です。
次に、感染してしまった場合の「拡散防止策」についてです。ここで有効なのがEDR(Endpoint Detection and Response)やXDR(Extended Detection and Response)といったエンドポイント監視ツールです。これらは、端末で不審な挙動があった場合に即座に検知・遮断し、他の端末への拡散を未然に防ぐことが可能です。また、ゼロトラストモデルを採用し、社内であっても端末やユーザーごとにアクセス権限を細かく制御することにより、被害範囲の限定を図ることも重要な施策です。
そして忘れてはならないのが、「バックアップ」です。バックアップ戦略はランサムウェア対策の最後の砦であり、「どれだけ完璧な対策をしていても、最終的にはここが頼りになる」と言っても過言ではありません。バックアップの基本としては、以下の「3-2-1ルール」が推奨されます:
・少なくとも3つのコピーを作成する
・異なる2種類のメディアに保存する
・1つは社外(オフサイト)に保管する
加えて、バックアップ自体が暗号化されたり、攻撃者に削除されてしまうケースもあるため、バックアップのアクセス制御や物理的な隔離(オフライン保管)も必要です。
最後に挙げたいのが、「緊急対応体制の構築」です。CSIRT(Computer Security Incident Response Team)やBCP(事業継続計画)の整備、外部のセキュリティベンダーとの契約など、有事の際に即応できる体制を整えておくことが、被害を最小限にとどめる鍵となります。また、シナリオベースの机上訓練や、インシデント対応のロールプレイングも非常に効果的です。対応の初動が遅れることで被害が拡大することは珍しくなく、1時間の差が数千万円の損失に直結することもあります。
総じて言えるのは、ランサムウェア対策には「これさえやれば安心」という万能策は存在せず、いかに多層的に備えるかが成否を分けるということです。そして、技術と人と体制が三位一体となった時、はじめて実効性のある防御が成立するのです。
まとめ:メールを悪用したランサムウェア攻撃への備え

メールを媒介としたランサムウェア攻撃は、技術的な脆弱性を突くだけではなく、人間の心理や業務の習慣までも狙ってくる複雑な脅威です。しかもその手法は日々進化しており、今日の対策が明日には無力化される可能性もあるのが、この分野の厄介なところです。だからこそ、ランサムウェア対策において最も重要なのは、「万全の備えをしている」という慢心を捨て、常に警戒と改善を怠らない姿勢を保つことです。
私が現場でよく見かけるのは、「うちはセキュリティソフトを導入しているから大丈夫」「メールは自動的にチェックされている」といった安心感が組織全体に広がってしまっているケースです。しかし、セキュリティソフトも万能ではなく、標的型攻撃やゼロデイ攻撃に対しては検出が間に合わない場合があります。また、セキュリティ担当者がいくら注意喚起しても、実際にメールを開くのは現場の社員であり、その一瞬の判断ミスが組織全体の危機を招くことを忘れてはなりません。
ランサムウェア対策の本質は、技術・人・仕組みの三本柱による「多層防御」です。入口のブロックだけでなく、仮に感染したとしても被害を最小限に抑えるための内部対策、そして復旧のためのバックアップと体制整備が不可欠です。どれか一つが欠けていても、組織としての防御力は著しく低下します。特に中小企業や自治体においては、予算や人材の制約がある中でも、基本的な対策を丁寧に積み上げていく姿勢が求められます。
また、経営層の関与も非常に重要です。セキュリティはIT部門だけの責任ではなく、企業全体の経営課題として捉えるべきです。経営陣がサイバーリスクに対する理解を深め、リスクマネジメントの一環として対策を位置づけることで、初めて組織全体の意識が変わり始めます。被害が出てから動くのではなく、出る前にどこまで備えられるかが、企業の持続可能性を左右するといっても過言ではありません。
また、メールによる攻撃は一度発生すると、その影響は取引先や顧客、場合によっては社会全体にまで波及する可能性があります。自社のセキュリティ対策は、社会的責任でもあるという認識が今後ますます重要になります。特に、顧客データや医療情報などの機微な情報を扱う業種では、わずかな油断が甚大な被害に直結するため、定期的な見直しとシナリオベースの訓練が欠かせません。
メールは業務上不可欠なツールであり、これを使わずに仕事をすることは現実的ではありません。しかしだからこそ、「安全に使う」ためのルールづくりと、それを組織全体に浸透させる努力が求められます。定期的な教育、報告体制の整備、メールフィルタの強化、バックアップ体制の見直し──これらを一つひとつ丁寧に積み上げていくことが、組織としての強さに繋がっていきます。
最後に、ランサムウェアとの戦いは「終わりなき備え」です。1つの対策を講じたら、それで終わりではなく、常に「次の攻撃はどう来るか」「今の対策で大丈夫か」と問い直し続ける姿勢が必要です。この不断の取り組みこそが、変化の激しいセキュリティの世界において、自社と顧客を守る唯一の道であることを強調しておきたいと思います。
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サイバー攻撃の手口は年々巧妙化し、従来の対策だけでは防ぎきれないケースも増えています。とはいえ、専門知識を持つ人材や24時間体制のSOC運用を自社で確保するのは、大きな負担にもなりかねません。
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